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ペルシャ絨毯の見分け方



✻ペルシャ絨毯の見分け方

ペルシャ絨毯の品質を裏付ける最も重要な要素は、目の細かさを表現する「ノット密度」なのです。

一般的に、テレビやパソコンのモニターの解像度が高ければ高いほど、画像をより鮮明に表現で来ます。ペルシャ絨毯も同じように、目が細かければ細かいほど、より繊細な絵柄が表現できて、美しく出来上がります。もちろん絨毯を鑑定する際に、この目の細かさ以外に、絨毯に使用している材料、色合い、絵柄、作者、生産地、保存状態などが考慮されますが、目の細かさが最も重要な要素になります。それは、目が細かいほど、一定面積あたりのノット数が増加し、これに比例して、織り込む時間も長くなるからです。

絨毯の裏面を見ると、ノット密度を容易に確認することができます。下記グラフにペルシャ絨毯のノット数と織り込み時間を概算したデータを示します。絨毯の目が細かいほど生産時間が比例して長くなることが分かります。この概算時間は織り込み時間のみで、絨毯に使用する糸の準備や染色、絨毯の枠組み作りや織り込み後の洗浄、仕上げなどの作業時間が入っていません。このデータをご覧いただきますと、1枚のペルシャ絨毯の織り込み作業だけで、熟練工が途方もない時間をかけていることが実感できます。そして、ノット数が多ければ多いほど、制作時間が長くなり、これに比例して価格も高くなることにご納得いただけると思います。

下記グラフの横軸は1僂△燭蠅離離奪反瑤任后縦軸の左側が、1平方メートルあたりのノット数(単位:万)になります。縦軸の右側は1平方メートルを織込む所要時間(職人が一日平均6000ノットを結ぶことを前提にしています。)になります。例えば、1僂△燭4ノットの絨毯の場合は、1平方メートルを織込むために27日間必要です。これに対して、1僂△燭11ノットの高級絨毯の場合は、1平方メートルを織り込むのに、202日間かかる計算になります。

ノット密度 実画像 イメージ図

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絨毯品質3

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絨毯品質4

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絨毯品質5

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絨毯品質6

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絨毯品質8

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絨毯品質10

✻ノット密度は1僂△燭蠅離離奪反

このようにノット密度のレベルは制作時間に大きく影響をしていますので、新作手作りペルシャ絨毯価格査定の注目すべき重要なポイントになります。

イラン国内はペルシャ絨毯の産地として「イスファハン」、「ナイン」 「タブリーズ」、「カーシャン」、「マシャド」、「シーラーズ」等などがあります。各産地においては、ペルシャ絨毯のその地域の特有な文化が引き継がれ、守り続けられている。絨毯のノット密度の表現方法はその一例である。イラン国内では絨毯の産地によって、このノット数の表現方法がいくつかあります。例えば「イスファハン」地方では、幅約150僂魎霆爐法△海良での縦糸の数で表しています。また「タブリーズ」地方においては、7冑での結びの数でランクを表現します。「ナーイン」地方は糸の撚り本数(4〜9)で表し、本数が少ない程糸が細くなるため、一定間隔のノット数が多くなります。したがって撚り数が少ない程、グレードが高くなります。また、200僂隆屬僚沈の本数で表す地方もあります。このように、生産地によって表現方法が異なりますが、結果的には絨毯裏面の、1冑のノット数を算出すれば、産地に関わらず、同じ尺度で細かさを評価することができます。

ペルシャ絨毯には目の粗いものから、繊細で非常に細かいものまでが存在しています。下記の格子画は1僂△燭蠅離離奪反瑤鯢修靴織ぅ瓠璽舷泙任后ここでは便宜的に白と黒の四角が交互に並んでいますので、白と黒が横に並んでいる合計数が「ノット密度」になります。上記の表には実物の写真も載せてありますので、ご自宅にペルシャ絨毯やギャッベ絨毯などがある場合は、ノット密度確認の参照資料にどうぞご利用ください。

✻注意事項 : 上記に述べましたが、このノット密度は新しいペルシャ絨毯査定の重要な項目になりますが、これだけでは良し悪しを決めることができないです。また、ペルシャ絨毯の場合は、保存状態などによっては、新規購入時よりも古い方が、アンティークとして価値が高くなる事もあります。



ウールカーペットの秘密と良さ



★目次★ ウールカーペットである「ギャッベ」の秘密と良さ



 1)ヒトと羊は同じほ乳類。
● 人と羊は生物としてのルーツはとても近く、ほとんど同じアミノ酸から構成されています。だからウールはヒトに気持ちが良く、安らぎを与えます。また、ヒトの体の60%以上は水分といわれます。ウールは繊維中最大の水分率を誇る自然素材。水を弾く石油系の素材とは快適さが違います。

  ● ヒトの恒常性とウール。
ほ乳類であるヒトは、恒温動物で、暑くても寒くても 体温を一定にたもつしくみをもっています。 このしくみは恒常性と呼ばれ、主に、寒いときは筋肉の収縮による発熱、暑いときには汗の蒸発による気化熱を利用しています。 ウールは繊維中最大の水分率をもち、湿気の処理がうまいことから、暑いときにもヒトの体温を一定に保ちやすくします。また、空気を大量に含んで保温するので、寒いときにも体温を一定に保ちやすくします。ウールが快適なのはこんなところに理由があるのです。




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 2)ウール絨毯は天然断熱材。冬は暖かく、夏は涼しい、一年中快適。
●  ウールの暖かさはよく知られていることです。これは他の繊維と比べて、ウール自体の熱伝導率が低いからです。ウールは、1本1本の繊維がくるくる縮れています。クリンプと呼ばれるこの縮れのおかげで、ウール製品は、空気を大量に(体積の60%)も含むことができます。ですから、この空気は層断熱材となって、冬の外からの寒気を断ち、室内の暖かさを逃がしません。また、夏には逆に冷房の効果を高めます。これも繊維の中にエアコンの冷たい空気を大量に含むことが出来るからです。エアコンを止めても温度の上昇が遅いためにいつまでも涼しさを保つことができます。
室温が高くてもコンクリートの壁が冷たいと、冷たく感じるのはこのためです。
 ウールはヒトに極めて近いタンパク質であるため、熱の持ち方も似ています。極端に暑くなることもなければ、極端に冷たくなることもない。人肌温度のウール。ウールのカーペットが素足でも暑くも冷たく感じないのは、こんなところにも理由があるのです。



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 3)湿気を内部に閉じ込めて、表面はさらさら。
  ● 高温多湿の日本。梅雨時や秋の長雨などは、ユーウツな気分になってしまいます。 でもウールカーペットなら、湿度を吸収し、なんと四畳半の大きさのウールカーペットの場合、 コップ8杯分の湿気を繊維内部に吸い取ることができます。しかも、湿気を吸っても表面はいつもさらさらっとしています。

  ● 吸湿率が最大なら、なぜウールのタオルがないの?と思う方、きっといらっしゃるでしょう。吸水率と吸湿率は異なります。
タオル(一般的に綿素材)は、繊維と繊維の間に水をため込みます。こちらは液体。吸湿率は、湿気を繊維内部に取り込む量のこと。湿気は気体。ウールの持つ「手」(塩基、アミノ基、カルボキシル基)が水を分子レベルで捕まえます。



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 4)ウールは天然の空気浄化材。
● ウールが取り込むのは湿気だけではありません。様々な有害物質を繊維内部に取り込み、安全な他の物質に変換します。ウールのようなタンパク質には沢山の「手」があって、様々な物質を取り込むことができるのです。新築宅や改修後のホルマリン等の有害物質もウールカーペットできれいになり、臭いも気にならなくなります。(人により感じ方に違いがあります。)

  ● 石油を燃やすとかなりの量のホルムアルデヒドが放出されます。
石油ファンヒータも例外ではありません。(FF式を除く)また、ガスコンロも同様です。冬の締め切った室内は外気より空気が汚れているという報告もあります。「新築じゃないから、大丈夫」、というものでもないのです。ウールなら、汚染物質を放出しないだけでなく、吸収してくれるので安心。しかも、その効果は、計算上、製品寿命を上回っています。
試験:大阪府立産業技術総合研究所



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 5)ウール絨毯は丈夫で長持ち、だから経済的。
● ウールの縮れクリンプは、人工的な加工ではなく、自然なもの。だから、ペチャンコにヘタったり、毛並みが寝てしまうこともありません。家具の下でつぶれたように見えても、ウールカーペットなら、蒸気をあてれば、元に戻ります。髪の毛の癖毛の形状が変わらないと同様、いつまでもクリンプの形状を維持出来るのがウールです。ウールは、いわば天然の形状記憶繊維なのです。

  ● 天然ウールは化学繊維と異なり、有害な添加物を含まないため虫に食われることがあります。天然ウールを食べる虫は、日本では4種類が知られています。ヒメマルカツオブシムシ、カツオブシムシ、ガ、コイガで、卵からふ化した幼虫がウールや、繊維についた汚れをエサにします。


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 6)タバコの火はウール絨毯の上では燃え広がらないから安心。
● ウールって、意外と燃えにくいこと、ご存じですか?
もちろん強い火にさらされている間は燃えつづけますが、火源を取り除くと、ごくわずかの間くすぶるだけで自然に消火します。また、合繊のように熱によって溶解しないので、火傷や延焼の危険も少なくなります。燃えても煙の発生が少なく、有毒ガスがほとんどでないことも安心。だから、ウールはもっとも安全の求められる航空機の内部や、消防服等に使われています。もちろん、一般の衣類や寝具、インテリアにも最適の安全繊維なのです。

● タバコの火でも燃えないから安心。
火事の原因といえば、やはりタバコの不始末。でもウールカーペットなら安心です。万一、タバコを落としても、パイルの先端を焦がすだけで、燃え広がりません。というのもウールの構成分子には、燃えにくい窒素が沢山含まれ、さらに繊維が水分を沢山含んでいるために発火点も高いのです。それにはウールはもともとが、動物性繊維。火をつければ燃えますが、パイルの先端が炭化するだけです。焦げ跡部分は、ブラシでこすってオキシドールを含ませたガーゼでふけば元通りの美しさです。 火災で恐いのは、炎もさることながら、一酸化炭素中毒。ウールは、危険な一酸化炭素ガスの放出量が低く、煙も透明に近くて安心です。

ウールカーペット秘密の項目一覧はこちら。

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 7)ウール絨毯は汚れにくいからお掃除簡単。
● ウールは、他の繊維に比べて三〜五倍も汚れにくいといわれています。というのはウールの表面はエビキューテクルと呼ばれる膜で覆われているため。たとえば、ジュースをこぼした時でもすぐに拭き取れば、染みにもなりにくいのです。
  またウールは繊維の中に湿気をほどよく含んでいるため、静電気が起こりにくく、ホコリやチリもつきにくい、といえます。つまり、毎日のお掃除も手軽でカンタン。クリーニングの回数も少なくて済みます。ワンパクざかりのお子さんをお持ちのご家庭や合理的なお掃除をお望みの奥さんにおすすめです。ウールは湿気を繊維の内部に取り込みますが、表面は撥水性。だから、ウールは水を弾くのです。もちろん、水溶性の汚れもはじきますから、ウールは汚れにくいのです。
  焦げ付き防止のフライパンや、車の防汚加工と同じしくみを自然に備えているということでしょうか。だから、一端汚れても、サッと拭き取れば、染みにもならず、きれいになります。 また、静電気が起こりにくく、埃を寄せ付けないのも、汚れにくい理由の一つです。
  汚さないコツは、汚れたら、すぐに拭き取ること。汚れを放置しておくと、繊維内部にしみこんで、だんだん取れにくくなります。



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 8)ウールはふんわり柔らかいから優しい肌触り。
● クッション性がいいのも、ウールカーペットの魅力のひとつです。繊維の一本一本がクリンプというコイルスプリング状になっているので、ふんわりとした柔らかい感触を得られます。子供達がふざけて転んでもショックを柔らかく受けとめますし、お年寄りのいるご家庭でも安心。 また、このクッション性の良さは、模様替えの時でも大活躍。家具を移動させた押し跡も目立たず、もとの柔らかな感触に回復します。ウールはいつまでもふんわりと踏み心地良いフロアを保ってくれます。


  ● いつまでも変わらない踏み心地の秘密は、ウールのSS結合にあります。
ウールは主にケラチンという硫黄を含んだタンパク質から構成されていて、ヒトの髪の毛に近い物質です。硫黄のSS結合は、結合力が非常につよく、外的な力ではなかなか壊れず、一般的には薬剤で結合を解きます。パーマはこのしくみを利用したもの。




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 9)ウールは音を吸収するから快適音響。
● ウールカーペットには雑音や騒音を吸収するという特性があります。というのも、ウールの繊維には、クリンプという自然の縮れがあるから。縮れているので、繊維と繊維が複雑に絡み合って空気の層をつくり、それが雑音や騒音を吸収してくれるのです。足音や話し声などの反響も防ぎます。コンサートホールや、レコーディングスタジオでウールカーペットが利用されているのは、ウールのこんな力を生かしているから。階下への足音が気になるマンションや隣が近接しているお住まいには、とくにお勧めです。

  ● クリンプとクリンプの隙間が、雑音や騒音を吸収。純粋な美しい音だけが聞こえます。この特性を生かして、フルートやクラリネットのタンポにもウールは使われています。一流ホテルのロビーやレストラン、客室など「落ち着く」場所にウールカーペットが使われる理由も、見た目の高級感もさることながら、余分な雑音を吸収し、静かな環境を創り出すためにもウールカーペットの特徴が最適だである。

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 10)ウールの埃は舞い上がらない。

● ウールの複雑な構造が埃を抱え込み、埃が舞い上がるのを防止するので、お部屋の空気はいつもきれいだし、高いところにも埃が溜まりにくいのでお掃除も楽々。ウールカーペットは静電気が起こりにくいので、軽く掃除機でお手入れするだけで、お部屋の空気も、カーペットもいつもきれい。

 ●  アレルギー反応がある人の場合、埃やダニが、呼吸器に入り、喘息発作を引き起こします。だから、室内の空気がきれいなことは、喘息のアレルギー反応がある人にはとても大切な事なのです。特に近年、コマーシャルの影響で嫌われているダニですが、本来、人間と共存してきた生き物ですし、ダニの全くいない環境は人間にもとても辛い環境なのです。アレルギー反応があるひとはともかく、アレルギー反応のない人までが、ダニを毛嫌いする必要はないかもしれません。




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ペルシャ絨毯の歴史

世界で研究されるペルシャ絨毯

羊毛
絨毯は、現代のイラン人にとって独特の芸術的な魅力の1つとされています。また、世界においても、イランの手織りの絨毯は人間が生み出した芸術の中で最も優れた部類に数えられています。このため、イランの手織り絨毯に関する調査研究は今なお続けられており、毎年ペルシャ絨毯に関する多くの書籍が出版されています。



初版の『イラン手織り絨毯百科事典』の内容抜粋


 

ペルシャ絨毯

最近、イランのホセイン・タジャッドド博士の研究と執筆により、「イラン手織り絨毯百科事典」が出版され、市場に出回っています。この百科事典は、2巻本で、世界で最も有名な絨毯、デザイン、シンボル、絨毯と音楽の伝説、染色の歴史の流れ、そして素材や配色、デザインから見た絨毯の種類などの章で構成されています。また、イラン製の手織り絨毯の保管や維持に際して勧められる事柄や、絨毯職人により守られている重要な点や、職人の体への影響などについても触れられています。また、第2巻には、経済と絨毯市場といったテーマや、絨毯の生産と輸出に関する問題、さらに、絨毯に関心のある人々に向けた教育や、絨毯を含めた手工芸が世界的な危機に瀕していることについて触れられています。

この百科事典の序文には、次のように述べられています。「太古の昔から、イランは世界で、2つの誇りを持つ国、即ち絨毯と文学の国と言われてきた。言い換えれば、イラン人の趣向や美学的なセンスは文学における意味や概念において、絨毯の図柄や品質において具現化されている。だが、文学が個人的な芸術であるのに対し、絨毯は集団的、総合的な芸術であるという点で、文学にまさっている」

「イラン手織り絨毯百科事典」は、イランの絨毯の総合的な事典であり、絨毯織りに関する全ての側面や、絨毯をめぐる貿易、芸術、産業てに関する諸問題について取り上げています。この百科事典に収められている情報は、単に図書館での閲覧により得られる情報のみならず、著者が実際に小さな村落にある絨毯織りの作業所や、イラン有数の大規模な絨毯工場に足を運んで得た、確かな情報が満載されているのです。この百科事典のもう1つの重要な特徴は、自らも熟練した医師である研究者が初めて、絨毯職人に多く見られる職業病の数々を克明に紹介し、こうした病気の予防や治療法について説明していることにあります。

この百科事典の執筆作業には、およそ40年を要しており、その見出しには全てのデザイナーや輸出業者、絨毯研究者の名前、そして各種の図柄やその歴史的な変遷などが出てきます。また、この百科事典は、イラン学百科事典財団により出版されており、全体のページ数は1000ページにも上ります。



世界における絨毯のルーツ



絨毯は、ペルシャ語では広げること、或いは広げるべきものと定義され、様々な色の木綿糸や羊毛、あるいは絹糸で色彩豊かな図柄を編み出しています。歴史的な資料が示すとおり、絨毯織りは当初、かごやざるを編む技術や、布地の製造の技術に次いで女性により生み出され、歴史的に見ても絨毯職人のほとんどを女性が占めていました。考古学者による発掘物からは、既に紀元前4000年から3000年ごろに、チグリス・ユーフラテス河流域で、アシの葉で編んだむしろが広く一般に使用されていたことが分かっています。その後、中東地域には敷物が急速に広まりました。絨毯は当初、狩猟で取れた動物の皮や、一部の樹木そして植物繊維で作られ、家畜の飼育が行われるようになってからは、羊毛が使われるようになりました。



古くから名声を博したイラン製絨毯


サーサーン朝ペルシアの末期にあたる紀元6世紀と7世紀には、イランの絨毯は世界的な名声を博し、珍重されていました。中国の歴史書「隋唐中国年鑑」には、当時中国に輸入されていた品物の1つとして、イラン製の絨毯が挙げられています。全ての専門家の間では、紀元前1世紀ごろのものと推定されるモンゴル製の絨毯をはじめ、世界各地で絨毯が発見されていることは、イランの文明が世界の絨毯産業に大変大きく貢献していることを物語っている、とされています。このことから、古くからの絨毯の生産地のほとんどが、直接あるいは間接的にイランの絨毯職人の影響を受けていたことになります
イラン製絨毯は、今から500年ほどのサファヴィー朝時代に最盛期を迎えていた時期にも、交易品として取引され、一部の事例では贈答品として扱われ、政治的な価値をも有していました。しかし、現在では、イランの絨毯はイランの美術史を再現するものとなっています。その理由として、イランの芸術におけるシンボル的な存在であるこの絨毯は、イランの古くからのオリジナルな文化から起こったものであり、そうしたイランの文化には、イランの民族的、歴史的、地理的なアイデンティティーが盛り込まれているからです。

絨毯の図案のデザイナーで、作家でもあるイラン人女性シーリーン・スールエスラーフィールさんは、イランの絨毯に見られるオリジナルの図案が、イランの歴史や文化、そして絨毯以外のイランの伝統的な芸術と密接な関係にあることから、決して時代の経過とともに廃れることはないと考えています。同様に、イラン中部イスファハーンのモスクに見られる空色の丸屋根のデザインには、イラン南部に残る世界遺産ペルセポリスのレリーフや柱、レザー・アッバースィーの伝統的な細密画ミニアチュールなどは決して、時代の古さを感じさせないほど生き生きとしています。



イラン製絨毯の図柄と材質、染色


絨毯模様 イランの絨毯の値打ちを測るには、伝統的で民族独特の図案が使用されていること、天然の植物性色素により染色されていること、素材の100%が羊毛であること、そして絨毯織りの工程において技術的な側面が遵守され、丹念に作られていること、の4つの点が重要となります。イランの絨毯は、図案の面で大きく何種類かに分けられます。中でも、中央部に楕円形の図柄のあるタイプのものが最も主要なデザインとされており、この種の図柄においては、中央部のほかに四隅にも楕円形の模様が織りこまれている場合もあります。また、これらの楕円形の模様は、美しい草花で装飾されています。

絨毯模様イランの手織りの絨毯は、ほとんどが羊毛で作られており、その重量全体の70%は羊毛で、残りの30%を木綿糸が占めています。絨毯の主要な素材として、特に羊毛が奨励されているのは、羊毛の持つきめの細かさや長さ、色、堅さが適切であり、そして外部から引っ張られる力に耐えうるものであることが挙げられます。イランでは、20世紀の初めまでは天然の色素のみによる染色が行われていました。その理由は、イラン国内の様々な地域では、その土地の気候風土に沿った動植物が生息し、また各種の鉱産資源に恵まれていることにあります。イラン人の職人は、これらの天然素材を巧みに使用し、最も美しい染料を作り出して、イランの絨毯に名声とオリジナリティーをもたらしているのです。

染色の専門家によれば、昔から現在までに、イランではおよそ3000の染料が伝統的な方法で作られてきた、ということです。現在では、伝統的な方法に加えて、絨毯に使われる羊毛の染色には、新しい方法も使用されており、イランの絨毯編みの職人やデザイナー、染色の専門家らは全力を挙げてこのイラン独特の芸術の水準を維持しようとしています。こうした職人たちは、イラン人の住居に絨毯がなかったら、魂がないに等しいと考えており、多民族国家の共通な国民的芸術文化のシンボルでもあるとしています。


ペルシャ絨毯の歴史と日本



✻3,000年以上の歴史を誇るペルシャ絨毯

 
悠久の時を超えて、幾世代にもわたって継承されてきたペルシャ絨毯ですが、いつどこで発祥したのか、いまだにその起源は定かではありません。ただ、その技法が確立されたのが紀元前525年にエジプトを征服し、西アジアを統一したアケメネス朝ペルシャの時代まで溯るのは間違いがありません。絨毯が織られはじめた遠い昔から、少なくともおよそ3,000年は経過しているのは確実です。  では、現存するペルシャ絨毯で一番古いものはどこにあるのでしょう? サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館には、旧ソ連の考古学者S・J・ルキデンコが南シベリア・アルタイ山中のパジリクにあるスキタイ山中のスキタイ王家の墓稜より発掘した「バジルク絨毯」が収蔵されています。この絨毯は、紀元前400年代のものと推定され、一部の欠損を除いてほぼ原型をとどめているのです。厳寒の地に凍結した状態で保存されていたのが幸運だったのです。5列のボーダー文様を配し、トナカイや馬を引く人物、騎馬人物が表現されたそのスタイルが、アケメネス王朝ペルシャ期のものと酷似しているため、当時のアケメネス王がスキタイ王国へ贈呈したもののひとつではないかとされています。  年代が判別できる世界最古の絨毯は、ロンドンのヴィクトリア・アルバート美術館にある「アルデビル絨毯」です。アゼルバイジャン・アルデビルという名前が織り込まれていることから、こう呼ばれています。サイズは、縦が1152cmで、横が534cmとかなりの大きさです。さらに絨毯の表面には、ペルシャの詩人・ハーフィズの詩の一句とともに「この仕事は、946年、カシャーンのマクサドにより始められた」としるされていることから年代が判明しました。イスラム暦で946年、つまり西暦で1569年の作品ということになります(イスラム暦は、西暦622年より始まります)。上質な毛と絹がふんだんに使われ、当時としてはかなりの高級品であったと想像できます。




✻シルクロードの遊牧民の手織りから富と権力の象徴へ

 
ペルシャ絨毯が、今日のような高い芸術性を誇るようになったのは、西アジア全体がイスラム化しはじめた7世紀以降のことです。イスラム世界では偶像崇拝が否定されていたため、絵画や彫刻の生産などが立ち遅れていました。しかし、そのかわりに織物や陶器などといった工芸の分野が目覚しい発展を遂げていったのです。そして、アラベスク文様として知られる装飾模様がこれらの工芸品を飾り、独特の工芸美術の世界を構築したのです。宮廷の保護の下、その生産は隆盛を極めました。さらに絹製絨毯などの高級品は、富と権力の象徴として王侯家族の垂涎の的となり、観賞用やコレクションとしてはもちろん各国への贈答用など幅広く用いられたとされています。シルクロードの遊牧民の生活から生まれたギャッベのような 手織り絨毯は、このように絢爛たる魅力をイスラム世界で開花し、その拡大とともにヨーロッパやアジアの各地へ伝わっていったのです。
 イランにおいて絨毯づくりが著しく発達するのは、アケメネス、サーサーンに続くペルシャ人による大帝国が復興された16世紀のサファヴィー朝からです。シャー・タフマースプやシャー・アッバース一世の時代はペルシャ絨毯の古典期とされており、アナトリアの絨毯とはまた異なった緻密な曲線を扱った文様のペルシャ絨毯の名品が生み出されています。とくにアッバース帝の治世には、イスファハーンに都が遷されて、数多くの絨毯工房が新設され、金糸を使った絹の絨毯(ポロネーズ絨毯)など華麗な絨毯が制作されるようになり、インドのムガル朝やトルコのオスマン朝などに大きな影響を与えました。  18世紀、サファヴィー朝はアフガンの侵略に遭って滅びてしまいました。それとともに絨毯の生産も、ごく一部を除き途絶えてしまったのです。19世紀後半になってタブリーズを中心に絨毯づくりが復興されるまで、1世紀以上のブランクがありました。この絨毯の復興は、タブリーズの商品を中心として欧州市場に向けてなされ、第一次世界大戦では市場がヨーロッパからアメリカ合衆国に移行したりしましたが、ガージャール朝から20世紀のパフラヴィー朝にも絨毯振興の制作は引き継がれて、世界のペルシャ絨毯の名を不動のものとすることになりました。




✻日本にも卑弥呼の時代にペルシャ絨毯が渡来?

 
そして、日本人の日常の暮らしに定着したのは、住まいとライフスタイルの洋風化が進んだごく最近のこと。しかし、かなり古くからペルシャ絨毯が渡来していたであろうことは、数多くの文献から確認されています。年代的にもっとも古いものは「魏志倭人伝」で魏の明帝が朝貢の答礼として邪馬台国の女王卑弥呼に絨毯と思われる敷物を贈ったことが、その中に記されています。また、正倉院宝物として残されている花氈(かせん)と呼ばれるフェルトは、中国唐期の工芸品であり遣唐使によって日本へもたされたとされています。このころには絨毯は敷物としてよりも、装飾品としてその見事な模様と色調を珍重されていました。  日本で現存するパイル織り絨毯の最古の例は、京都の夏の風物詩、祇園祭の巡行で人目を惹く山鉾の懸装です。その懸装にペルシャ絨毯が使用されているのです。祇園祭は、千年を超える伝統を有する八坂神社の祭礼ですが、山鉾が今のような形になったのは南北朝期のころと思われます。画期的な試みとしてペルシャ絨毯を初めとした舶来品を使用したのでしょう。
 また、京都の高台寺に豊臣秀吉が着用したといわれる「絹製綴織鳥獣文陣羽織」が残っていますが、これはペルシャの織物のキリムと呼ばれる薄手の綴織を元にして作られた品物で、現存するペルシャの キリムの中で最も古い(16世紀)もので、貴重な研究資料でもあります。 ポルトガル人によってもたらされた、これらの毛織物は当時の武家社会で、軍装品や贈答品として使われたのですが、陣羽織となったのは非常に稀です。




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